前の会社を辞めてから、少し意外なことがありました。
以前働いていた観光施設から、
「繁忙期に、また手伝いに来てもらえない?」
と声をかけてもらったのです。
自分から「働きたい」とお願いしたわけではありません。
向こうから声をかけてくれました。
今は月に5回くらい。
繁忙期のお手伝いとして、アルバイトに行っています。
10年ぶりの仕事
その場所で働いていたのは、もう10年も前です。
当然、当時一緒に働いていた社員はかなり入れ替わっています。
「知っている人がほとんどいないかもしれないな」
と思いながら、久しぶりにその場所へ行きました。
ところが。
不思議なことに、
「ああ、やっぱりここだ」
と思ったのです。
人は変わっている。
仕事内容も少し変わっている。
10年という時間も経っている。
それでも、その場所の空気感は、私が知っている頃とどこか同じでした。
そして私は、すぐにその空気に馴染むことができました。
「仕事をしに行く」というより、「帰ってきた」感覚
以前働いていた頃も、私はその場所が好きでした。
仕事だから、もちろん大変なこともありました。
でも、今振り返ると、
「仕事が大変だった」
という記憶より、
「楽しかった」
「人と話すのが好きだった」
「現場に出るのが楽しかった」
という記憶のほうが強く残っています。
今回、10年ぶりに戻ってみて、
その感覚がもう一度よみがえりました。
不思議ですよね。
10年も経っているのに。
私は「仕事そのもの」が嫌だったわけではなかった
これまで私は、
「前の会社を辞めた」
という事実から、
「私は仕事が嫌いなのかな」
と考えたこともありました。
でも、どうやら違ったようです。
私は、
仕事そのものが嫌いだったわけではありませんでした。
むしろ、仕事をすること自体は嫌いではない。
人と関わることも好き。
現場で動くことも好き。
誰かの役に立つことも好き。
気遣いをして「ありがとう」と言われることも好き。
ただ、
自分に合わない環境で働き続けることが苦しかった。
それが少しずつ分かってきました。
私からお願いしたわけではないことが、嬉しかった
今回、一番嬉しかったのは、
「また働いてほしい」
と声をかけてもらえたことでした。
私は退職したあとも、以前の職員の方たちと仲良くしていました。
仕事ぶりも覚えていてもらえていました。
だから、私がお願いしたわけではないのに、
「繁忙期に手伝いに来ない?」
と声をかけてもらえた。
そのことが、本当に嬉しかったです。
「私がいなくなったら、それで終わり」
ではなかったんだ。
そう思えたからです。
10年経っても、仕事ぶりは残っている
前の記事で、
「事務しかしてこなかったと思っていたけれど、実は自分なりにいろいろな力を身につけていた」
という話を書きました。
今回のことも、そこにつながっています。
私は、自分の仕事ぶりを特別なものだと思っていたわけではありません。
そのときは、その場所で必要な仕事をしていただけです。
でも、10年経った今、
「また来てほしい」
と言ってもらえた。
それは、
あの頃の自分がちゃんと仕事をしていた証拠の一つなのかもしれない。
そう思いました。
お給料は、お小遣い程度
正直に言うと、今のアルバイトのお給料は、お小遣い程度です。
生活費を稼ぐための仕事ではありません。
「もっと稼ぎたい」という目的で行っているわけでもありません。
だから、
「それなら、なぜ働くの?」
と思われるかもしれません。
私自身も、以前なら同じことを思っていたかもしれません。
でも今は、理由が分かります。
私は、その場所に行くと癒されるからです。
「働いているのに、癒される」という不思議
仕事というと、
疲れるもの。
お金を稼ぐもの。
責任を負うもの。
そんなイメージがあります。
もちろん、それも仕事の一面です。
でも私にとって、このアルバイトは少し違います。
そこへ行く。
人と話す。
体を動かす。
忙しい時間を過ごす。
「ありがとう」と言ってもらう。
そして帰る。
すると、
「今日も行ってよかったな」
と思うのです。
仕事をしているのに、
なぜか心が元気になっている。
これは、自分でもちょっと面白い発見でした。
「好きな仕事」と「条件のいい仕事」は同じではない
以前の私は、
「安定していること」
「長く勤められること」
「給与や福利厚生が良いこと」
を、とても大切にしていました。
今でも、もちろん大切です。
でも、10年ぶりにこの場所へ戻ってみて、
それだけではないことが分かりました。
自分が心地よくいられる。
人との距離感がちょうどいい。
仕事をしている自分が嫌いにならない。
その場所に行くことが苦痛ではない。
むしろ、行くと元気になる。
こういうことも、働くうえで大切なのだと思います。
「条件」だけで仕事を選ばなくていい
もちろん、生活するためにはお金が必要です。
私もそうです。
一人で生活していくためには、安定した収入が必要です。
だから、
「お金なんてどうでもいい」
とは思いません。
ただ、
給与だけで仕事の価値を決めなくてもいい。
ということは、今の私なら言えます。
たとえば、
給与はそこそこだけれど、人間関係がいい。
給与は高いけれど、毎日心がすり減る。
給与は低いけれど、やりがいがある。
給与は普通だけれど、生活とのバランスがいい。
人によって、どれを選ぶかは違います。
だからこそ、
「自分にとっての仕事の価値」を考えることが大切なのだと思います。
私が好きだったのは「場所」だけではなかった
今回、久しぶりに働いてみて、もう一つ気づいたことがあります。
私は、その観光施設という「場所」だけが好きだったわけではありませんでした。
そこにいる自分も、好きだったのです。
人と話している自分。
誰かのために動いている自分。
忙しいときにテキパキ動いている自分。
気を配っている自分。
頼られている自分。
そして、
「今日も楽しかった」
と思って帰る自分。
もしかしたら、私が恋しかったのは、
10年前の仕事だけではなく、10年前の自分だったのかもしれません。
退職は「すべてを捨てること」ではなかった
会社を辞めるとき、
「ここを辞めたら、私は何もなくなる」
と思ってしまうことがあります。
肩書きがなくなる。
収入がなくなる。
職場の人間関係がなくなる。
それまでの自分がなくなるような気がする。
でも、実際には違いました。
会社を辞めても、
そこで築いた人間関係は残る。
仕事で身につけたものも残る。
思い出も残る。
そして、
「また一緒に働きたい」と思ってくれる人がいることもある。
私は10年経って、それを実感しました。
キャリアは「一本道」ではない
以前は、
学校を卒業する。
就職する。
一つの会社で長く働く。
結婚する。
家庭を持つ。
そんな一本道の人生を、どこかで思い描いていました。
でも、今は違います。
会社を辞める。
少し休む。
資格の勉強をする。
別の業界を調べる。
ボランティアをする。
キャリアコンサルタントを目指す。
そして、10年前の職場で月に数回アルバイトをする。
一見すると、バラバラに見えます。
でも、全部つながっています。
そのときそのときの自分が、
「今はこれをやってみたい」
と思ったことを選んできた結果です。
仕事は「生活を支えるもの」だけじゃなかった
キャリアについて考え始めてから、
私は仕事について、以前よりも広く考えるようになりました。
生活を支えるもの。
社会とつながるもの。
誰かの役に立つもの。
自分の能力を発揮するもの。
成長するもの。
人と出会うもの。
そして、
自分の心を元気にしてくれるもの。
そんな仕事があってもいいのだと思います。
「また来て」と言ってもらえる人生
私は、今のアルバイトを大きなキャリアとして語るつもりはありません。
月に数回。
お小遣い程度の収入。
10年前の職場。
それでも、私にとっては大切な時間です。
なぜなら、
「また来てほしい」
と言ってもらえたから。
そして、
私自身も、
「またここに来たい」
と思ったからです。
仕事を辞めたことで、自分の人生から消えてしまったと思っていた場所に、10年後の自分がもう一度戻る。
そんなこともあるんですね。
36歳の今、思うこと
私は今、キャリアコンサルタントの勉強をしています。
転職についても考えています。
これからどんな仕事をするのかは、まだ分かりません。
でも、今回の経験を通して、一つ分かったことがあります。
私は「どこでもいいから働きたい」わけではない。
自分が心地よくいられる場所で、
人と関わり、
自分なりに工夫し、
誰かの役に立ち、
そして、
「今日も楽しかった」
と思える仕事がしたい。
それが、たとえ月に数回の小さな仕事だったとしても。
その感覚を忘れないでいたいと思います。
10年ぶりに戻った場所で、
私は10年前の自分に再会したような気がしました。
そして思ったのです。
「やっぱり、私はここが好きだったんだ」
もしかしたら、これもキャリアを考えるための大切なヒントなのかもしれません。
まだ、これから。
