「向いている仕事」が分からなくてもいい。36歳の私が見つけた「向いていない職場」

「自分に向いている仕事が分からない」

転職を考えたとき、私はこの言葉に何度も悩みました。

求人を見ても、

「この仕事、私に向いているのかな?」

「そもそも、私がやりたい仕事って何?」

と考えてしまう。

でも、キャリアについて考え、自分のこれまでの仕事を振り返っているうちに、あることに気づきました。

私は、

「向いている仕事」はまだはっきり分からない。

でも、

「向いていない職場」は、かなり分かる。

そして、それは転職先を考えるうえで、意外と大きなヒントになるのではないかと思っています。

目次

「好きな仕事」を見つけるのは難しい

子どもの頃から、

「将来はこの仕事になりたい!」

という夢があった人もいると思います。

でも、私はそうではありませんでした。

友人には、

お菓子作りが好きだから製菓へ進む人。

英語が好きだから英語に特化した大学へ進む人。

そんな人がいました。

私は、

「将来これになりたい」

というものがありませんでした。

仕事は安定していて、長く勤められればいい。

結婚して家庭を持てれば、それで普通に幸せ。

そんなふうに考えていました。

だから36歳になった今でも、

「私の天職はこれ!」

というものが簡単に出てくるわけではありません。

でも、「これは嫌」は意外とはっきりしている

一方で、

「これは嫌だったな」

ということは、かなり思い出せます。

例えば、

人が多すぎる環境。

満員電車での通勤。

東京のような人の多い街で暮らすこと。

狭くて家賃の高い部屋。

自分の判断で工夫できない仕事。

上司の言うことだけをそのまま実行する仕事。

社内承認が多すぎる環境。

細かすぎる社内規則。

仕事をしない人の分まで、周囲が背負う環境。

頑固で傲慢な人が幅を利かせる職場。

年齢だけを理由に偉そうにする「老害」的な人。

若い人ばかりの職場。

女性ばかりの職場。

人と関わり続けて、仕事に集中できない環境。

こうやって並べてみると、

「私って、結構わがままなのかな?」

と思うくらい、いろいろ出てきます。

でも、これはわがままというより、

自分が長く働くために必要な条件

なのだと思うようになりました。

前職で分かった「向いていない環境」

前職は、一般的に考えればとても安定した会社でした。

福利厚生もあり、会社としての規模も大きい。

周囲から見れば、

「辞めるのはもったいない」

と思われるような職場だったと思います。

実際、私自身もそう思っていました。

だから簡単には辞められませんでした。

でも、働き続ける中で、少しずつ苦しくなりました。

特に辛かったのは、

「自分で考えて工夫する余地が少ないこと」

でした。

何かを変えようとすると、何人もの承認が必要になる。

社内規則が細かい。

上司が転勤で変わる。

上司が変わるたびに、事務員の私は仕事のやり方を調整しなければならない。

そして、仕事をしない人がいても、その状況が簡単には変わらない。

私は、そういう環境で少しずつ疲れていきました。

だからといって「事務」が嫌だったわけではない

ここは、自分でもかなり重要な発見でした。

私は事務職そのものが嫌いだったわけではありません。

請求書を処理する。

勤怠を管理する。

書類を作る。

申請を確認する。

期限までに仕事を終わらせる。

こうした仕事はできます。

むしろ、正確に処理することには自信があります。

ただ、

「事務処理だけをひたすら続けること」

は好きではありませんでした。

人と少し話す。

誰かの困りごとを解決する。

相手が必要としているものを考える。

自分なりに工夫する。

そして、また一人で集中して仕事をする。

この組み合わせが、私には合っていたのです。

「向いている仕事」ではなく「向いている働き方」

そう考えると、

「私は何の仕事に向いている?」

という問いが、少し変わりました。

「どんな働き方なら、私は長く続けられる?」

という問いです。

私の場合は、

人との関わりはある。
でも、多すぎない。

基本は自分の仕事に集中できる。

必要なときは人をサポートできる。

自分なりの工夫が認められる。

任せてもらえる。

仕事をしない人に振り回されない。

年齢や立場だけで人を判断しない人たちと働く。

一人の時間も確保できる。

こういう環境のほうが、長く働けそうです。

「長く勤めたい」は、今も変わらない

私は昔から、

「長く勤められる仕事がいい」

と思っていました。

今も、その価値観は変わっていません。

ただ、昔は、

「長く勤める=安定した会社に入る」

だと思っていました。

今は違います。

「自分に合わない環境で無理をして長く勤める」

ことと、

「自分に合う環境で、自然に長く働ける」

ことは、全然違う。

会社の規模や知名度だけでは、

「長く働けるかどうか」

は分からないのだと思います。

東京に住みたくない、も私のキャリアの条件だった

私は、東京で働くことや住むことにも、強い抵抗があります。

短大を選んだときも、周囲が仙台や東京の大学を選ぶ中で、私は茨城を選びました。

「なぜ茨城?」

と驚かれることは今でもあります。

でも、私にとっては自然な選択でした。

満員電車が嫌。

人が多い街が嫌。

狭い部屋に高い家賃を払うのが嫌。

都心の地震も怖い。

だから、元彼が都内に住んでいたときでさえ、

「じゃあ東京に住もう」

とは思いませんでした。

高速道路関連会社で、本社への異動を何度か打診されたこともあります。

総務課や経理課に来てほしいと言ってもらえた。

退職の意向を伝えたときにも、

「事業所の雰囲気や上司が嫌なら、本社で活躍してほしい」

と言ってもらえました。

それでも私は、東京へ行きませんでした。

昔の私なら、

「せっかく評価してもらったのだから、行くべきなのかな」

と悩んだと思います。

でも今なら、

「評価されること」と「自分に合うこと」は別

だと分かります。

「あなたなら任せられる」は好き

私は、

「あなたなら任せられる」

と言ってもらうのが好きです。

「あなたがやったから良くなった」

「さすが」

「仕事が早い」

「気が利く」

そう言ってもらえると、ものすごく嬉しい。

だから、

責任そのものが嫌いなのではありません。

昔は「責任のある仕事は嫌だ」と思っていました。

看護師なら命に関わる。

銀行ならお金に関わる。

そんなふうに、

「失敗したら大変な仕事は怖い」

と思っていたのです。

でも、今になって考えると、

責任を持って任せてもらうこと自体は、むしろ嬉しい。

ただし、

「自分で考えられないのに責任だけ負わされる」

環境は嫌。

「信頼されて任せてもらい、自分なりに工夫できる」

環境なら嬉しい。

この違いも、今になって分かってきました。

10年ぶりに戻った場所が教えてくれたこと

以前働いていた観光施設から、退職後10年経って声をかけてもらい、今は月に数回アルバイトに行っています。

お給料は、お小遣い程度。

でも、私はその場所へ行くのが好きです。

「また来てほしい」

と言ってもらえたことも嬉しかった。

そして、10年ぶりに働いてみて、

「やっぱり、この場所が好きだ」

と思いました。

人はかなり入れ替わっていました。

それでも、空気感は昔のまま。

私はそこで自然に動けました。

人と話す。

現場で動く。

忙しいときに手伝う。

気を配る。

そして帰る。

なぜか、仕事をしたのに癒される。

この経験は、

「私はどんな職場なら心地よく働けるのか」

を教えてくれました。

「向いていない環境」を知ることは、逃げではない

転職を考えていると、

「嫌なことから逃げているだけなのでは?」

と思うことがあります。

私もそうでした。

でも、

「ここでは長く働けない」

と分かることは、逃げではないと思います。

自分を知ることです。

もちろん、どんな職場にも嫌なことはあります。

すべてが理想通りになるわけではありません。

でも、

「これだけは無理」という条件を知っておくこと

は、次の仕事選びで自分を守ってくれます。

「向いている仕事」が分からない人へ

今、

「自分に向いている仕事が分からない」

と悩んでいるなら、

無理に「天職」を探さなくてもいいのかもしれません。

まず、

「私はどんな職場が嫌なんだろう?」

と考えてみる。

・どんな人と働くのが苦手?

・どんな仕事内容が苦痛?

・どんな働き方が疲れる?

・どんな通勤が嫌?

・どんな会社の仕組みが嫌?

・どんな場所に住みたくない?

・逆に、どんな環境だと自然体でいられる?

ここから始めてもいい。

「好き」を探すより、

「嫌」を探すほうが簡単な人もいます。

私も、その一人でした。

そして「嫌」を集めていくと、少しずつ「好き」が見えてくる

私の場合、

「東京は嫌」

「満員電車は嫌」

「人が多すぎる職場は嫌」

「仕事をしない人は嫌」

「融通の利かない環境は嫌」

「自分の工夫が認められない仕事は嫌」

「事務処理だけで一日が終わるのは嫌」

と整理していったら、

その反対側に、

「落ち着いた場所が好き」

「自分のペースで働きたい」

「適度に人と関わりたい」

「現場で動くのが好き」

「誰かをサポートするのが好き」

「工夫するのが好き」

「任せてもらえるのが嬉しい」

という自分が見えてきました。

「向いている仕事」を探していたはずなのに、

いつの間にか、

「私はどう生きたいのか」

を考えていました。

これが、36歳になって私がしているキャリアの棚卸しです。

まだ、答えは出ていません。

でも、以前よりは、

「何でもいいから仕事を探さなきゃ」

とは思わなくなりました。

自分に合わない場所を知ることも、立派なキャリア選択。

そう思えるようになったからです。

そして、

「ここなら長く働けそう」

と思える場所を、これから少しずつ探していけばいい。

36歳。

まだ、これから。

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